九代 長岡空味 楽山焼茶碗 the 9th nagaoka, kumi rakuzan yaki bowl

九代 長岡空味(長岡住右衛門) 1874(明治7)- 1960(昭和35)

島根県に生まれる。通称住右衛門。号は空味。
1716年頃、松江藩主松平不昧候が同地の焼き物であった楽山焼(四代加田半六の頃)廃絶の危機に対し、布志名焼陶工であった住右衛門を招いて5代楽山焼窯主として再興を模索したのが始まりである。以降長岡住右衛門を継承して代々松江藩の御庭焼として制作を続けている陶家で楽山焼の九代目、また長岡住右衛門としては五代目となる。現在は代数の多い九代長岡住右衛門と称す方が通例となっている。高麗写、李朝写など極めて名品の茶碗を中心とした茶陶を守り出雲楽山焼の中では近世の名工とされている。
昭和35年歿。享年86歳。

 

出雲焼 楽山窯の歴史

楽山窯は、初代倉崎権兵衛が1677年に長州から松江に入国をして以来今年でおよそ330年。当代は空郷は十二代となる。
​初代の倉崎権兵衛、二代から四代にわたる加田半六、その後の40年以上にわたる中断を経て、楽山窯五代として不昧公より命を受けた長岡住右衛門貞政に移る。この五代より現在の松江市西川津町楽山の地に窯を開くこととなる。四代までの窯の場所と五代以後の窯の場所は異なることとなるが、四代までの窯の場所がいずれであったかについては未だに確証はない。その後六代空斎、七代空入、九代空味、十代空処、十一代空権につながり現代にいたる。