永楽即全 仁清写曲水茶碗 eiraku, sokuzen copying ninsei meandering stream bowl

永楽即全 1917(大正6) - 1995(平成7)

大正11年 妙全の養子となる
昭和10年 十六代善五郎を襲名する
昭和12年 大磯の三井家城山荘内に城山窯を築き、昭和20年まで毎月出向き作陶を続ける
三井八郎右衛門翁の御用の作陶をする傍ら三井家伝来の古器名品を研究し、茶陶の真髄を学ぶ
昭和18年 工芸技術保存資格者に認定される
昭和30年代に迎えた茶道の復興とともに、琳派様式・交趾釉・金襴手など永楽茶陶の作品群を発表し、陶芸家としての地位を不動のものとする
昭和33年 源氏物語五十四帖に因んだ五十四作品を創作する
昭和35年 楽覚入らと京都伝統陶芸家協会を結成、会長に推挙され伝統陶芸の発展に尽力する
昭和46年 表千家家元即中斎より茶席に「陶然軒」の席名を頂戴する
昭和56年 裏千家の淡々斎茶道文化賞を受賞する
昭和58年 第一回京都府文化功労賞を受賞する
昭和60年 文部省より地域文化功労者表彰
昭和61年 京都市文化功労者表彰
平成2年 勲五等瑞宝章を受章する
平成4年 京都府文化賞特別功労賞を受賞する
平成7年 パリにて個展を開催する



曲水

平安時代に朝廷や公家の間で行なわれた年中行事の一つ。「ごくすいのえん」「めぐりみずのとよのあかり」ともいう。曲水は,山麓,樹林,庭園を曲がりくねって流れる水。3月上巳または 3月3日の桃の節供に,参加者各自が曲水に臨んで着座し,上流から流される杯が自分の前を通り過ぎる前に詩歌を詠じ,杯を取り上げて酒を飲み,別堂で宴を開いて詠んだ詩歌を披講した。『日本書紀』のなかで顕宗天皇1(485)年3月上巳の条に後苑で行なわれたと記されているのが初見。宮廷行事としては,平城天皇の大同3(808)年に一時停止されたあと,村上天皇の康保3(966)年に復活し,貴族の邸宅でも開かれるようになったが,戦国時代には行なわれなくなった。今日では,京都府京都市伏見区の城南宮で 4月29日と 11月3日に,江戸時代に描かれた京都御所の江戸時代の杉戸絵をもとに再現されているほか,福岡県太宰府市の太宰府天満宮で 3月第1日曜日に,天徳2(958)年に太宰大弐の小野好古によって始められたと伝えられる曲水の宴があり,岩手県平泉町の毛越寺(5月第4日曜日)などでも催されている。