稲葉七宝 千切蓋置 inaba, shippo julienne rid rest

稲葉七宝

京七宝は、明治5年に尾張から桃井英升が京都に移り住んで七宝製造を始めたのがきっかけと言われる。当時、作品に銘を入れることは一般的ではなかったため、ほとんどの作品が無銘だった。銘のわかっている作家は、錦雲軒稲葉や稲葉七穂、ほか数名に限られる。京七宝は尾張のそれとは違って、高20cm前後の小さな作品が多く、高級品志向が強かったと思われる。技術的にも新しい技法を積極的に取り入れた尾張七宝に比べ、有線七宝の技術を進化させようという傾向がみられる。2005年(?)、明治22年に稲葉七穂が創業した稲葉七宝店が廃業。それを最後に京七宝を伝える業者は姿を消した。