十二代 中村宗哲 唐物うつし独楽香合 the 12th nakamura, sotetsu karamono style spinning top incense case

十二代 中村宗哲  1932(昭和7) - 2005(平成17)

十一代長女。兄たちが家職を継がなかったため、家職継承者に指名される。1955年(昭和30年)京都市立芸術大学工芸科卒。1986年(昭和61年)に千家への出仕を許され、女性として初めて正式に千家十職当主として認められた人物となる。1993年(平成5年)京都府文化賞功労賞。2000年(平成12年)京都市文化功労者。茶道具以外にも多数の漆器を製作し、工芸家としての評価も高かった。心筋梗塞により急逝。実娘、長女は金属彫刻作家、次女は漆芸家(十三代宗哲)、三女は陶芸家(四代諏訪蘇山)。
代表作に而妙斎好・吉祥松溜雪吹・春野旅箪笥など。

中村 宗哲(なかむら そうてつ)は、千家十職の塗師。中村家は、400年近く続く塗師の家。当初は蒔絵を施した家具などの製作(「通例塗師」といわれる)も行っていたが、明治時代以降は茶道具の塗師(「型物塗師」といわれる)専業となっている。

千宗旦の次男、一翁宗守(1593年~1675年)は、中村宗哲家の初代八兵衛(1617年~1695年、当時の八兵衛は吉岡姓)の娘婿となり、吉岡甚右衛門を名乗り塗師を営んでいたが、父・宗旦から官休庵(武者小路千家)を譲り受けた際に、家業を八兵衛に譲り吉岡家を出て千家に復した。

現在、当代十三代。2006年(平成18年)に十二代中村宗哲の次女が十三代宗哲を襲名。