14代酒井田柿右衛門(人間国宝) 濁手梅花文徳利

0㎝×0㎝高 
共箱・共布

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14代酒井田柿右衛門 

佐賀県西松浦郡有田町で13代目の息子として生まれる。
絵付けの基礎となる部分を会得するため多摩美術大学日本画科で日本画を学び、卒業後帰郷して父親に弟子入りする。
下積みを重ね父と祖父(先々代)が蘇らせた“濁手”(にごして)の技法なども学んでいく。
1971年、改名前の本名の酒井田正(さかいだまさし)名義で日本工芸会会員となり、この後のほぼ10年は本名で公募展や個展に出品した。
1982年、父の死を受け14代目を襲名。翌年アメリカ合衆国で「クローズ・アップ・オブ・ジャパン・イン・サンフラシスコ」にて海外で初出品し、サンフランシスコ市長から名誉市民号を贈られた。「14代目柿右衛門展」は国内だけでなく海外で高い評価を集めた。
2001年に重要無形文化財「色絵磁器」の保持者(人間国宝)に認定された。また広く後進の育成にも力を入れ、大学で教えるほか、2011年にはJリーグの地元クラブ・サガン鳥栖のデザインアドバイザーにも就任した。
2008年前後に癌が見つかってからは治療しながら活動を続けていたが、2013年5月、体調が急に悪くなり佐賀大学医学部付属病院に入院。それからひと月ほどで死去。死因は直腸癌と転移性肝腫瘍であった。なお、JR九州のクルーズトレイン「ななつ星in九州」の洗面所に使用されている洗面鉢が遺作となった。